教育格差
今朝の朝日新聞の記事です。「子どもたちの足元から」の連載2回目です。
実は、中学受験の事や塾の事を知れば知るほど、させるかさせないか、行かせるか行かせないか、以前の問題があるように思えてなりませんでした。
やはりお金の問題です。こんなにお金がかかることが当たり前で良いのか。
週2回、3回行けば、一人当たり月に何万円かかかります。我が家は1人ですが、3人いれば×3です。
公立校で、十分に勉強すれば、そこそこの大学には行けた。昔はそうでした。
学校や友人から知的な刺激を受け、「勉強してやろう」と思う。親からは十分にもらったのは本代位で、洋服を買うためのお金などは、「自分で稼げるようになったら好きなものを買いなさい。それまでは、これで十分。」と、余分に渡される事はありませんでいした。
親に、学校や塾の送り迎えをしてもらうなどどいうことは、考えた事もなく、高校3年の時でもごく普通に自分でお弁当を作って毎日学校に行っていました。
比較的、金銭的には恵まれて育ちましたが、物心つくあたりから、出来るだけ親に金銭的迷惑をかけないのが周囲でも常識でした。
確かに時代が違う、と言われればそれまでですが、自分としては、当時のあり方がヘンだったとは思っていません。
どんな田舎の公立校にも、必ず優秀な生徒はおり、それを取り巻く集団がお互いに啓発しあいながら、勉強をする場、としての学校が維持される。
確かに、息子は塾に行って「面白い」と言っています。でも、塾の方が勉強密度が高い、と子供が思ってしまって本当に良いのでしょうか?
中学受験熱、塾の拡大、学校の存在の希薄化、教育費の拡大、塾や学校に行ける、行けないの格差拡大、さらなる学校の空洞化・・・
特に東京では、既にこの循環に十分、はまり込んでいるように感じます。
矛盾を感じながら、でも、昔とは違う現実に戸惑います。
何かしなくては、言わなくては、と思いながらも自分の子供がおいていかれるのは困る。
きっと、多くがそう思っているに違いないと、信じてはいるのですが・・・
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント