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2008年6月14日 (土)

『東京駅の建築家 辰野金吾伝』

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『東京駅の建築家 辰野金吾伝』東秀紀著/講談社

駅の話だけど、これは電車オタクとは別。

タイトルの通り、東京駅を作った建築家辰野金吾の伝記。

幕末から明治にかけての時代背景。そして辰野金吾の生い立ち。建築家への道。そして当時の東京駅への評価。

そうか、1854年から1919年に生きた人であったのか。江戸時代に生まれた建築家、しかも東京駅を作るとは意外な気がする。

もちろん勝手な思い込みだし何の根拠もないが、少なくとも明治生まれなのかと・・・。

さらには、貧しい家の出であったということもだ。

特に時代が昔であればあるほど、日本の建築史に名を残すような建築家は、やはり、文化的、芸術的背景無くしては成り立つ事が難しいと考えていたから。

庶民が長屋住まいが当たり前の頃、ビルディングを建てることが出来るのは、特権階級に違いない、そう思っていた。

辰野は猛烈な努力によって建築の理論、技術はもちろんのこと、所謂”芸術としての建築”をも身につけた人だったのである。

身分の差も明らかで、情報も機会も平等に与えられなかった当時、これは本当に異例の事。辰野の努力はどれほど人並み外れたものだったか。

歴史に残る建築家としてはあまりにもスマートさに欠ける。泥臭い努力家、単純な人柄。

丸の内周辺が、これほど近代的なビル群なってしまった現在、赤煉瓦の東京駅の存在はますます顕著である。ところが、これが建設された当時、この建物を評価する建築家はいなかったという。「西洋の建築を模倣する時代はもう終わった」として。

まさしく辰野金吾が生きた時代、辰野の師は、かのジョサイア・コンドルであり、日本の建築は西洋の建築を模倣することが先決であった。そして、辰野が東京駅を建設した時、皮肉にもその時代は終わろうとしていたようであった。

漠然とイメージしていた辰野金吾像というものが、覆される興味深い内容であった。

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